2005年02月14日
立ち止まれない神戸

読売新聞に、作家の玉岡かおるさん(三木市出身、加古川市在住)が、神戸について書いています。
いつも新しい神戸より
思えば神戸の歴史は、ペリーやハリスが来た時代、幕府が結んだ日米修好通商条約によって港が開かれてからのことだから、たかだか百年余り。いいえ私は五代前から神戸よ、と答える人がいても、その頃は目ぼしい建物といっても生田神社と長田神社があるだけの、磯臭い漁村だったのだ。現在のハイカラでモダンなイメージの神戸は、国内外から集まったよそ者たちが、二代、三代かけて作り上げたものと言っても過言でない。
当時、県庁を置くなら、西国探題として繁栄を誇った大都市・姫路こそが妥当だった。ところが姫路はあいにく三百年間、徳川家の譜代大名が治めた国である。幕府色を払拭し、新しい国家を築こうとする新政府には、長い歴史を持つ姫路より、神戸の何もなさこそが都合よかったのだろう。
(中略)
神戸は、今も昔も、新しいことがすべてである。
神戸は宿命的に、立ち止まることができません。アイデアを出し続けなくてはならない運命にあります。だから、神戸市は医療産業都市構想なんてのを突如言い出すんです。
資源も土地もなく、人しかいない神戸は、神戸市民一人一人が財産です。
その人たちが、「新しいこと」をやらなくなったら、街は「死にます」
私には「神戸」とアップルコンピュータがダブって見えます。
パソコンといえばDOSマシンしかなかった時代に登場したマックは、画期的でした。デザインも斬新。羨望の的でした。
しかし、今はどうでしょうか。デザイン関係や医者の一部が仕事に使うくらいであとは一部のマニア(マックファン)か、雑誌の広告を見たコンピュータ素人娘が「きゃデザイン可愛い!」と言って買ってしまい、Windowsソフトが動かなくて初めてWindowsと違うパソコンがあると知るというような状況ではないでしょうか。
昔はマックの雑誌もたくさんあり、話題も提供していましたが、マニアに聞いても「マックは使いやすいよ」「Windowsとは根本的に思想が違う」「リンゴのマークがなくちゃ」「雰囲気がいい」などと言う割に、「どう使いやすいの?」と聞くと困ってしまうほど「モノ」としての価値は絶滅寸前です。
にも関わらず、マックユーザーはWindowsと世間を二分してるかのような錯覚が続いてきました。イメージ商売だけで中味がなかった。価値を提供し続けられなかったんだと思います。
イメージには寿命があります。常に価値を提供し続けられなければ、いずれ夢は覚めます。
アップルコンピュータの価値は、「先進性」。
神戸だってそうでしょう。先進的な価値を提供できなかったら「死にます」。先進的な価値を提供できずに、今、まさに死にかけているのが神戸ではないでしょうか。
アップルは何をしましたか? iPodという「新機軸」を提供しました。これこそアップルがすべき仕事です。マックファンのみならず、世間が注目しています。
神戸は何を提供しますか?
