2006年02月27日

なぜ人はパスポートを持ち歩かないか

公共施設の例(世界3位のプラネタリウムが人気の姫路科学館)。このシーンにパスポートは必要ですか?

私の数少ない海外出国経験から、日常生活で「人はパスポートを持ち歩かない」という法則(?)を見つけました。

ヨーロッパ出張の時、ドイツに宿泊していたのですが、その日は鉄道でオランダに日帰りで行く必要がありました。同行するある会社の現地駐在員から、「必要ないとは思いますが、念のためパスポートは携帯してください」と言われたのです。普通はないけど、ドイツとオランダの国境付近で提示を求められることがあるそうです。結局その日は、必要ありませんでした。

海外に出ているのだからパスポート携帯は当たり前ですが、可能ならホテルの金庫にでも預けておきたい気分でした。なぜなら、必要もないのに大切なパスポートを持ち歩いていて紛失したり万引きや盗難に会えば面倒なことになるからです。

同様に、日本国内でパスポートを持ち歩く日本人はほとんどいないと思います。最大の理由は、日常生活でパスポートを使う必要がないから。第2の理由として、持ち歩いていて紛失や万引き、盗難に会ったら面倒なことになるからです。
庶民感覚で言えば「大事なものは大切にしまっておく」というのが日常の知恵なのです。

ところが、そういう当たり前の感覚から全くかけ離れた概念が、住民基本台帳カード、略して住基カードです。このカードは一体何なのか。

住基カードで遊園地の支払いOK、荒川区が決済機能を追加(IT Pro)
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東京都荒川区は2004年秋をメドに、住基カードに決済機能を持たせる。プリペイド型の電子マネー「Edy」ように、カードをかざすだけで支払いができるようになる。住基カードに決済機能を持たせるのは、荒川区が初めて。カードを利用できる場所は、荒川区内にある「あらかわ遊園」。入園料や園内の乗り物利用料金、飲食代金の支払いに利用できる。
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ICカードが安全といっても、複写されないというだけのことで、紛失すればそれなりの処置をしないといけません。住基カードには2種類あって、身分証明書に使える顔写真入りのものは、住所、氏名、電話番号といった個人情報が表面に記載されています。こんなもので遊園地に遊びに行って数百円の乗り物料金を支払いたいと思う人がどれだけいるでしょうか。これでは、乗り物に乗るためにわざわざ「私はどこどこの誰それです」と名刺を配り歩いているようなものです。

荒川区はその後、どういう結果報告をしたのでしょうか
荒川区における住民基本台帳カードの活用について(東京都荒川区)
モニター実験の結果
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サービスの満足度 大変満足35%、やや満足40%、普通20%、やや不満5%
荒川遊園での今後の決済手段(複数回答) 電子マネー94%、セット券6%、回数券1%
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この報告書は、「現地で貸してくれる電子マネーあらかわ遊園カードは、遊園地に有効」という結果報告です。しかし、住基カードで決済する意味については全く理解できません。電子マネー「あらかわ遊園カード」を貸してくれる運用で十分ですし、わざわざ住基カードを使うよりもずっと向いています。もっと言うなら、例えば民間のEdyを導入すれば、システム開発もしなくて良かったはずですし、住民の利便性もずっと向上します。

住基カードは、現在のところほとんど使い道がありませんが、次の2つが有効です。
1 ネット上で本人確認できる公的個人認証サービスが必要な場合。ネットで確定申告できる。(宅内利用)
2 運転免許証(※)やパスポートを持たない人が、写真付きの公的身分証明書を必要とする場合。最近は窓口で本人確認を求められるケースが増えています。(→三井住友銀行の例

警察白書によると、所持者は7800万人。幼児の存在や、子どもでも学生証等の存在を考えると、日常生活で身分証明書があえて必要な人は限られます。

1の場合は、写真付きでないタイプで構いませんが、2の場合は、写真付きの住基カードを選択せざるをえません。
荒川区のような使いかたは、いわばパスポートの顔写真のページを遊園地の係りのおじさんに提示しているようなもの。海外旅行に出るときですら、出入国審査で係員に提示するぐらいしかしない行為です。仮に係員や周りのお客さんに対して、カードの個人情報が目に触れない工夫がされたとしても、そもそも遊園地に遊びに行くときには「大事なものを持っていかない」というのが「日常の知恵」です。

ICカードは多機能といわれますが、技術的に多機能にできるということと、多機能にして意味があるということは全く別物です。役所だけでなく、民間企業でも、電車に乗りたいだけの人にクレジットカードを作らせようとしてみたり、サインなしに買い物できる(※)ことが、あたかも素晴らしいことのように宣伝している例があります。(例:KOBE PiTaPa
いくら非接触カードとは言え、たかが電車に乗るために、クレジットカード番号が表記されたカードを、混雑する駅の人前で晒すような発想を何故するのでしょうか。クレジットカードと乗車券を1枚にし、それを標準仕様にすることの、利用者から見た意味が理解できません。(供給者である)神戸市の財政が苦しいのはよく理解できますが。

PiTaPa機能として1日3万円まで。サインをしないのに、クレジットカードで常識の盗難保険はついていません。発行枚数はPiTaPa全体でもICOCAの10分の1以下と、ほとんど普及していません。阪急京阪が失敗しているのに、KOBE PiTaPaを発行している神戸市主導の神戸カード協議会は何を考えているのか理解に苦しみます。無垢な(?)山陽電車を道連れにしないで欲しいです。独自カードに逃げた神姫バス(姫路市)は偉い。

今年はICカードの本格普及元年になるかもしれませんが、ICカードならなんでもいいとか電子マネーだったら何でも受け入れられるというわけではなく、普及しないものと普及するもの、俗に言えば「勝ち組み」と「負け組み」が出てくるでしょう。その差はひとえに、利用者の利用シーンが想定できているかどうかにかかっています。

世耕日記より
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総務省自治行政局下河内自治政策課長から住基ネットに関する説明を受ける。私からはこのまま住基カード&公的個人認証の低利用状況が続くと、抜本的見直しを迫られるであろうと指摘。公務員全員に持たせる、金融機関での利用の道をひらく等の検討が必要だ。
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金融機関でのICカード利用は、もう終盤を迎えつつあります。いまさら住基カードで何をしたいのでしょうか。

金融機関26%がICカード導入へ 金融庁調査(Sankei Web)

ATMにお金を下ろしに行くのに、パスポート持って来いといっておとなしく持ってくるのは北朝鮮国民ぐらいです。しかも「民間に任せられることは民間に」という意味のこと(※)を言っておきながら、すでに普及トレンドに乗ってしまった利用シーンに国が無理やり入ってくるのは、本末転倒です。

第164回国会における小泉内閣総理大臣施政方針演説より、
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公共的な仕事や公益の追求は、国だからできて民間では難しいという、これまでの考え方から脱却し、役所より民間に任せた方が効果的な分野については、「官から民へ」の流れを加速します。
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参考
加古川市:住基カード申請窓口を11、12日に開設−−普及目指す /兵庫(MSN毎日インタラクティブ) - 兵庫県内で住基カードの普及に最も熱心なのは加古川市。通常500円の発行手数料を無料にし、写真撮影も無料サービス。それでも普及率はなんと1%。県平均に至っては0.53%。全国的に見てもこんな感じで、住基ネットにかけた投資金額から考えても大問題に発展する可能性があります。自民党参議院議員の世耕代議士ブログに書かれている内容には、こうした背景があります。
ちなみに世耕代議士は、NTTの広報から自民党に転進した広報のプロフェッショナルで、昨秋の解散総選挙を自民党圧勝に導いた立役者です。詳しくは、自著「プロフェッショナル広報戦略」(ゴマブックス)を読んでください。政治や広報に興味がない人が読んでも面白いです。
とくに、一見頭の切れが悪そうな森前首相(当時幹事長)が、NTTサラリーマンの世耕氏を呼び出し、選挙への出馬を迫ったところ固辞されたものの、殺し文句でなんなく出馬を決断させるシーン。
戦略論を語るような論理に強い人、データ重視の人は、逆に論理で切り返されると、ひとたまりもないという見本のような気がしました。

P.S.
余談ですが、MSN毎日インタラクティブの記事中、
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窓口開設は両日とも午前9時〜午後5時。運転免許証など本人と確認できる書類、印鑑などを持参。手続きは写真撮影も含め無料。
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本人を証明するための住基カードをつくる際の、本人確認手段が運転免許証だというのも結構笑えます。免許証持ってたら写真付きの住基カードはいらないと思います。たぶんこれは、写真なしのカードをつくるケースの話でしょう。きっと・・。

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Posted by miki at 01:42Comments(0)IT