2011年06月01日
原発・エネルギー問題の当事者。播磨は日本2番目の原発候補地
東海発電所(東海村)
今から50年前、播磨・たつの市(当時は御津町)に、東海村に続く全国2番目の原発を建設する動きがあったそうです。
住民と力あわせ原発誘致阻止(兵庫民報)
でも、もし計画が進んで原発が播磨に存在していたら、今以上に原発やエネルギー問題を身近に捉えていたでしょう。
関西電力すべての原発が福井県に集中立地している理由の1つは、播磨など近畿各地の反対運動が原因かもしれません。(つまり、福井県以外が福井県だけに押し付けた)
しかも、その福井の原発に、福井以外の府県も含めた関西全体で(世界有数の高率)50%も依存している。遠く離れた東日本とはいえ原発大事故が起きたいま、福井の人たちは、こうした関西の現状を、どう感じているのでしょう。
当初計画通り、たつの市沿岸部に原発が立地され、関西のエネルギーを背負っていたとして想像をめぐらせてみれば、少しは気持ちがわかるかもしれません。
沖縄は原子力依存度0。「脱原発」と主張する事は、ある意味容易です。原発がなくなっても直接日常生活に影響があるわけではありません。
原子力の立地には反対しながら50%もの恩恵を受けている播磨人は、(世界有数の身勝手な人たちかもしれないですが、)世界有数の公平な判断ができる人たちではないでしょうか。
参考
東日本大震災:福島第1原発事故 美浜町議会全員協、国対策に疑問の声 /福井(毎日jp)
原発の再稼働遅れれば節電要請も 関西電力の八木社長(47NEWS) - 原発が再開できない場合の火力発電の活用については「7、8月はすべて稼働していて余地は少ない。長期停止中の火力も稼働には2~3年かかる」と説明。(記事より)← その気になれば2~3年で火力は増やせるということ。
実は原子力なしでもなんとかできる?関西(372log@姫路)
日本の中のフランス、関西。(372log@姫路)
今から50年前、播磨・たつの市(当時は御津町)に、東海村に続く全国2番目の原発を建設する動きがあったそうです。
住民と力あわせ原発誘致阻止(兵庫民報)
御津町に茨城県東海村の一号炉につぐ全国で二番目の原発候補地として、白羽の矢がたてられました。一九五八年頃から誘致の動きがあり、一九六〇年十二月、関西電力が御津町を最有力候補地にあげたことが新聞報道で表面化。「新しい技術は常に播磨から」という法則(?)に適いますが、上記の記事によると県内で反対運動が広がり、計画がなくなったようです。
でも、もし計画が進んで原発が播磨に存在していたら、今以上に原発やエネルギー問題を身近に捉えていたでしょう。
関西電力すべての原発が福井県に集中立地している理由の1つは、播磨など近畿各地の反対運動が原因かもしれません。(つまり、福井県以外が福井県だけに押し付けた)
しかも、その福井の原発に、福井以外の府県も含めた関西全体で(世界有数の高率)50%も依存している。遠く離れた東日本とはいえ原発大事故が起きたいま、福井の人たちは、こうした関西の現状を、どう感じているのでしょう。
当初計画通り、たつの市沿岸部に原発が立地され、関西のエネルギーを背負っていたとして想像をめぐらせてみれば、少しは気持ちがわかるかもしれません。
沖縄は原子力依存度0。「脱原発」と主張する事は、ある意味容易です。原発がなくなっても直接日常生活に影響があるわけではありません。
原子力の立地には反対しながら50%もの恩恵を受けている播磨人は、(世界有数の身勝手な人たちかもしれないですが、)世界有数の公平な判断ができる人たちではないでしょうか。
参考
東日本大震災:福島第1原発事故 美浜町議会全員協、国対策に疑問の声 /福井(毎日jp)
原発の再稼働遅れれば節電要請も 関西電力の八木社長(47NEWS) - 原発が再開できない場合の火力発電の活用については「7、8月はすべて稼働していて余地は少ない。長期停止中の火力も稼働には2~3年かかる」と説明。(記事より)← その気になれば2~3年で火力は増やせるということ。
実は原子力なしでもなんとかできる?関西(372log@姫路)
日本の中のフランス、関西。(372log@姫路)
Posted by miki at 00:00│Comments(2)
│社会
この記事へのコメント
一方、福井県に多いのは、県の振興策として県議会が1964年に誘致を決議しているくらい原発に積極的で、かつ地元では期待の方が大きく、反対は少なかったから、ということが大きいです。
福井県では1957年頃から誘致が検討されていたようですが、具体的に1961年に川西町(1967年に福井市に編入)が名乗りを上げています。ただ、ここは日本原電の地質調査で不適切と判断され、建設されることはありませんでした。
調査で敦賀半島が候補にあがり、福井県から地元の敦賀市と美浜町に要請があり、地元も地域振興策として賛成しています。当時の敦賀半島は陸の孤島で、ここの整備も期待されていました。
そうして日本原電が敦賀原発を建設することになるわけですが、美浜地区は歴史的経緯から北陸にも発電所を持っている関西電力に福井でやってみないかという紹介があり、関西電力が美浜原電を作ったという経緯になります。
建設地を探していた関西電力にとっては美浜は渡りに船であったのでありましょうが、大井、高浜も同様に地域活性化が期待されて建設されることになりました。
近畿では、候補地の検討レベルではもっと多いと思いますけど、久美浜(京都)と日置川(和歌山)、日高(和歌山)が具体化していましたが、いずれも町を二分し、反対派が優勢という情勢だったため、結局建設されず、断念しています。他の道府県も同様にたとえ過疎地であっても建設交渉は非常に難しいのですが、福井県では比較的容易だった、ということになります。
福井県では1957年頃から誘致が検討されていたようですが、具体的に1961年に川西町(1967年に福井市に編入)が名乗りを上げています。ただ、ここは日本原電の地質調査で不適切と判断され、建設されることはありませんでした。
調査で敦賀半島が候補にあがり、福井県から地元の敦賀市と美浜町に要請があり、地元も地域振興策として賛成しています。当時の敦賀半島は陸の孤島で、ここの整備も期待されていました。
そうして日本原電が敦賀原発を建設することになるわけですが、美浜地区は歴史的経緯から北陸にも発電所を持っている関西電力に福井でやってみないかという紹介があり、関西電力が美浜原電を作ったという経緯になります。
建設地を探していた関西電力にとっては美浜は渡りに船であったのでありましょうが、大井、高浜も同様に地域活性化が期待されて建設されることになりました。
近畿では、候補地の検討レベルではもっと多いと思いますけど、久美浜(京都)と日置川(和歌山)、日高(和歌山)が具体化していましたが、いずれも町を二分し、反対派が優勢という情勢だったため、結局建設されず、断念しています。他の道府県も同様にたとえ過疎地であっても建設交渉は非常に難しいのですが、福井県では比較的容易だった、ということになります。
Posted by たー at 2011年06月02日 03:01
たーさん
コメントありがとうございます。
コメントありがとうございます。
Posted by miki at 2011年06月03日 16:46