2015年08月13日

国立ではありませんが、「もうあるからです」

全国戦災都市空襲死没者慰霊塔(姫路市)

戦後70年ですね。広島長崎だけでなく、東京や姫路など各地で空襲があり、全国で多くの一般人の犠牲者が出ました。

空襲慰霊碑の建立を 3月10日(産経ニュース)
東京都江東区で老舗の家具店を営んできた滝保清さん(86)は平成3年から、空襲で亡くなった人たちを追悼するため、慰霊碑の建立を求める運動を続けてきた。10万人を超える署名を集め、国会都議会にも働きかけてきたにもかかわらず、まだ実現していない。空襲で祖父母と妹を失った滝さんは、訴える。「平和なわが国の礎(いしずえ)となった人たちに、手を合わせる碑がなぜできないんですか」。
この記事だけでは、20年以上たってもなぜ施設ができないのかわかりません。

国立慰霊碑建立に人生をかけた 東京大空襲遺族の願いの実現を!(教科書が教えない歴史)
総務省の担当者から説明があった。それによれば、兵庫県姫路市に昭和31年に建立された「全国戦災都市空襲死没者慰霊塔」があり、毎年10月26日に開催される平和祈念式には皇族も参加しているという。だから、国が新たに慰霊碑をつくる必要はなく、そのつもりもない、というのである。
(中略)
滝さんが何より望んでいるのは、個人や民間ではなく国のお金で正式に建てた慰霊碑の前で手を合わせたいということ
理由は、(国立ではありませんが)姫路市に全国空爆犠牲者の慰霊碑があるからです。

太平洋戦全国空爆犠牲者の慰霊塔の歴史の重み(姫路市長の日々想)
これまでの先人の努力の成果である姫路市にある慰霊塔など全国にある既存の施設について、敬意を払いかつそれらの歴史を十分に研究し、それらとの整合性をしっかりと調査しながら、慎重に国の慰霊塔について検討を進められることを望みます。
姫路の施設は、空襲を受けた全国107の自治体が加盟する一般財団法人が維持管理しています。全くの民間や個人とも言い切れません。総務省の言い分も多少わかる気がします。

滝さんには、ぜひ姫路の慰霊塔で手を合わせていただきたいと思います。

参考
空襲犠牲者を追悼する唯一の建物(372log@姫路) - 戦後11年の1956年10月、姫路市長の故石見元秀が提唱し、全国から8000万円の募金を集めて建設された。日本中の空襲犠牲者を追悼する唯一の構造物だ。「同じ戦争での死でも、軍人は手厚くまつられ、遺族への補償もあるのに、民間人には何もない。おやじはそれを憤っていました」。石見の三男で、現市長の利勝(63)はそう振り返る。(引用記事より)
追悼施設(総務省) - 全国の施設としては姫路。その他、各地に追悼施設があります。もちろん東京にも。
国会議員みんなで姫路の慰霊塔に参拝しよう(372log@姫路)
秋篠宮文仁親王、姫路の動物園・慰霊塔・姫路城訪問(372log@姫路) - 先日は、秋篠宮文仁親王も来られました。
福田元官房長官・手柄山で合掌(372log@姫路)
姫路空襲 白鷺城が復興へ勇気与えた 「二度と危機ない世の中に」(産経WEST)

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Posted by miki at 00:00Comments(0)政治