2013年11月28日

神戸は変わらないのに、印象が薄まった理由


神戸港輸出額の推移(神戸港の質的変貌より)

われらが兵庫県を代表する都市・神戸
明治期の開港とともに発展した神戸ですが、1980年頃に比べると印象がやや薄まっているように感じます。

神戸港の輸出額は、阪神・淡路大震災のあった1995年こそ3兆円程度に落ち込んでいますが、最近20数年間は5兆円前後で推移しています。(上掲グラフ)


コンテナ取扱量の推移(神戸港の質的変貌より)

ところが、2つめのグラフ(コンテナ取扱量の推移)を見るとわかるように、日本のコンテナ取扱量は20年間で2倍になっています。
神戸港の取扱量は(輸出額と同様)変わっていないのに・・です。
こういうのを「相対的地位の低下」って言うんですよね。

たとえば日本海側にある港からは、直接海外に運んでしまうなど、神戸を中継するコンテナが減ってしまったのがひとつの理由です。
それにしても、神戸港以外のコンテナ量の伸びは凄まじい。

神戸港は、阪神大震災を乗り越えて、きちんと戻っている。
でも、戻っただけで、昔も今も何も変わっていない。

ところが、周囲は激変している。だから、相対的に地位が低下し、「神戸は変わらないのに、印象が薄まった」というわけです。

神戸港直接の関係者は、一定の仕事量が維持されているため、まだいいかもしれません。
問題なのは、(相対的地位が高かったが故に)過去に築くことができた「ミナト神戸」のイメージで商売している人。

すでに相対的地位がなくなっているため、いつイメージが崩壊してもおかしくありません。もう実体がないからです。
われわれの年代は「印象が薄まったなぁ」ですむかもしれません。
問題は、「ミナト神戸」と、「ミナト博多」や「ミナト新潟」のブランド価値の差がわからない若者たちが増えてきたとき、「ミナト神戸」ブランドが使えなくなることです。

医療産業など新たな飯のタネを探していますが、さほど必死になれない背景に、ひとつめのグラフにある、横ばいの輸出額推移があります。
周りの環境が激変していることを、直視できるかどうかが分かれ目のような気がします。

参考
“独自色”神戸港浮上せよ(朝日新聞デジタル)(会員限定記事)
神戸にアムステルダムから船が来なくなった本当の理由(372log@姫路) - 1978年のデータもあるのですが、神戸はシンガポール高雄釜山横浜の3倍のコンテナを運んでいました。その頃の神戸は、アジアを代表する世界有数の国際貿易港として広く世界中に知られていました。しかし10年後の1988年には香港、シンガポール、高雄に抜かれ、釜山にも追いつかれました(ブログより) ← 7年前にこの記事を書いたとき、その後さらに52位(2012年)まで落ち込むとは、予想できませんでした。1980年、神戸港は世界ランキング3位でした。

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