2007年07月25日

浄土真宗の拠点だった、海上交通都市・英賀

浄土真宗の拠点だった、海上交通都市・英賀 夢前川下流地域(姫路市)

鎌倉時代親鸞によって開かれた浄土真宗は、現在、寺院総数2万、僧侶数5万、信者数1200万と、日本最大の仏教教団です。
しかし室町時代には、他勢力に押されて今ほどの勢力はありませんでした。当時の宗主・蓮如は、播磨に浄土真宗を広めるのによいところはないかと探し、交通の便のよい英賀の城下町を布教の中心地にしました。
英賀は、夢前川の河口付近にあり、現在の飾磨区広畑区の境界付近。140年間にわたって繁栄し、東は的形、西は室津までを領地としていたそうです。

姫路ファンより
英賀城(別名:岩繋(いわつき)城ともいう)は室町時代の中頃、赤松一族によって造られましたが、嘉吉(かきつ)元年(1441年)5月、城主の祐尚(すけなお)が亡くなり、恋浜(現在の白浜町)の城主・三木氏が移り、大きな城に建て替え、以後、約140年間、東は的形から西は室津までを領土とし、英賀は栄えました。

しかしその後、豊臣秀吉がこの地を攻め、現在その面影はほとんどありません。
英賀にあった寺院は、亀山東延末龍野苫編加茂天神都倉に移されました。

参考
英賀城(松岡肇) - 作家・司馬遼太郎の祖父は、広畑に住み、司馬氏自身も播州門徒の末裔と称しています。姫路文学館には司馬遼太郎記念室があります。
新選組の刀傷が姫路にある理由(ひめナビブログ) - 英賀御坊(本徳寺)の移転先で、現在の浄土真宗(本願寺派)の拠点、亀山本徳寺について。

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この記事へのコメント
英賀神社の北の公園に
英賀城のなごりの石垣が残っています(*^-^)b
Posted by さんちゃん♪ at 2007年07月25日 09:26
さんちゃんさんへ

コメントありがとうございます。
英賀御坊があったところは、現在夢前川だそうですね。
Posted by miki at 2007年07月25日 16:13
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