2016年05月25日

神風特攻隊「白鷺隊」

紫電改

播磨の地から、多くの若者が飛び立ちました。

「特攻の歴史」体現する鶉野飛行場 米英が恐れた最新鋭戦闘機「紫電改」も…戦後70年経て再評価(産経WEST)
鶉野(うずらの)飛行場」(兵庫県加西市)をご存じだろうか。第二次大戦中に姫路海軍航空隊の搭乗員を養成するために建設され、多くの特攻隊員が飛び立った拠点だ。
(中略)
《昭和20年2月8日朝。姫路海軍航空隊の司令、露木専治(つゆき・せんじ)大佐の訓示が響き渡った。突然の全員集合。思い思いの休日を過ごしていた同隊の訓練生らは鶉野飛行場に集められ、直立不動で訓示を聞いた。米軍との本土決戦に対抗するため、神風特攻隊「白鷺(はくろ)隊」が編成されることになった》
飛行場の隣接地では「紫電改」という最新鋭の戦闘機が造られました。

旧日本軍最大の現存飛行場は、播磨の遺産であり、日本の遺産。
戦争を風化させないために、鶉野飛行場の果たした役割を知る必要があるように思います。

参考
播磨の空港、鶉野飛行場講演会(372log@姫路)
よみがえる播磨の飛行場(372log@姫路)
旧日本軍最大の現存飛行場。加西の戦争遺産バスツアー(372log@姫路)
播磨の飛行場について考えるシンポジウム(372log@姫路)

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Posted by miki at 00:00Comments(0)歴史