2011年09月08日

秀吉に追われ輝政に潰されても生き延びた真宗大谷派

船場本徳寺姫路市地内町

うちの実家は浄土真宗大谷派(お東さん)です。別に選んでそうなったわけではなく、日本は江戸時代に始まる地域割りの檀家制度を引きずっているので、近くのお寺がたまたま真宗大谷派だったというだけのことです。

眠っていた寺宝に光 姫路・船場本徳寺の企画展(神戸新聞)
播磨における東本願寺の拠点として、江戸初期に建てられた船場本徳寺(姫路市地内町)の寺宝を集めた「船場御坊の四百年」が6日、姫路市本町イーグレひめじで始まった。天皇や将軍家ゆかりの品々もあり、大勢力を誇った往時をしのばせる。11日まで。
播磨には、浄土真宗の坊さんが英賀に拠点を開いたのですが、秀吉により、亀山に移されてしまいました。
浄土真宗で内輪もめがあり分裂したとき、亀山は東本願寺派でしたが、姫路城主池田輝政と喧嘩して、東本願寺派は潰されてしまいました。

姫路城主はその後、池田から本多忠政に代わり、東本願寺派も再興。そのとき、船場本徳寺を建てたようです。

境内には姫路西高校の前身にあたる中学校があったそうです。

参考
浄土真宗の拠点だった、海上交通都市・英賀(372log@姫路)
亀山本徳寺と鹿島建設の関係(372log@姫路)
新選組の刀傷が姫路にある理由(372log@姫路)
新撰組で有名に・亀山本徳寺(372log@姫路)
  

Posted by miki at 23:53Comments(0)歴史